五箇山 相倉の合掌造り

五箇山は庄川上流と支流利賀川の深い谷間に点在する七十の集落の総称である。 相倉は庄川左岸段丘に位置するその典型的な集落の1つ。天文21年(1552年)10月27日付けの「五箇山十日講文書」の中に、相倉道場(現・相念寺)の坊守図書了観の名もあることから、その頃人が住んでいたことがわかる。

 (平成7年12月世界遺産に登録)

 

五箇山は、冬多いときは4mの積雪でどっぷりと覆われる豪雪地帯にある。この厳しい自然環境と、江戸時代の五箇山の三大産業(養蚕、塩硝(鉄砲火薬の原料)、紙すき)に対応するため合掌造りが生まれた。

 

合掌造りは、60度正三角形に近い形の急傾斜の屋根をもつ。アマ(屋根裏)で蚕を飼うため切妻に明かりとりを設け、床下で塩硝の原料の土を培養するため床が高い。合掌造りは、白川郷と五箇山で有名。白川郷の人は商売上手であるが、五箇山の人は素朴で商売が下手との話がある。

 

 

立ち並ぶ合掌造りの家 その1
立ち並ぶ合掌造りの家 その1
立ち並ぶ合掌造りの家 その2
立ち並ぶ合掌造りの家 その2
合掌造りの家の屋根裏
合掌造りの家の屋根裏
相念寺 浄土真宗 石垣も美しい
相念寺 浄土真宗 石垣も美しい
500年ほど経った合掌造りの家と相念寺
500年ほど経った合掌造りの家と相念寺
500年ほど経った合掌造りの家
500年ほど経った合掌造りの家