高松城

高松城は、天正15年(1587年)に豊臣秀吉から讃岐一国17万6千石を与えられた生駒親正が築城した平城(海城)である。築城に数年の歳月を要した。瀬戸内の海水を堀に引き込んだ高松城は、日本三大海城の1つと言われている。

 

城郭は、本丸を中心に、二の丸、三の丸、北の丸、東の丸、桜の馬場、西の丸が配置され、三重の堀が廻らされた堅固な構えであった。城郭は瀬戸内に面し、外堀、中堀、内堀すべてに海水が引き込まれ、水軍運用を視野に入れて設計された本格的な海城であった。現在見られる遺構は、江戸初期に徳川光圀の兄で常陸国から高松に移封された松平頼重によって改修されたものである。

 

現在、堀の海水は、城の北側の国道30号の下を通って瀬戸内海につながっているため、内堀、中堀の水位は潮の干満によって変化している。海から稚魚(タイ、スズキなど)が、この潮に乗って水門から堀に入り成長して泳いでいるのが見える。

中堀の向こう側に見える艮櫓と旭門
中堀の向こう側に見える艮櫓と旭門
桜御門跡
桜御門跡
内苑御庭の【ど根性松】 落下した松の種子が岩の亀裂に根を下ろし成長 樹齢およそ18年
内苑御庭の【ど根性松】 落下した松の種子が岩の亀裂に根を下ろし成長 樹齢およそ18年
月見櫓
月見櫓
内堀の向こう側に本丸跡が見える
内堀の向こう側に本丸跡が見える
内堀に泳いでいるタイなど
内堀に泳いでいるタイなど
二の丸から本丸(左側)につながる鞘橋
二の丸から本丸(左側)につながる鞘橋
中堀
中堀
旭門と中堀
旭門と中堀