八王子城
八王子城は、1671年(元亀2年)頃、北条氏三代目の北条氏照が築城した。氏照は当初滝山城(多摩川近く)に拠っていたが、武田信玄軍に攻められ防備の限界を感じて堅固な山城八王子城を構築した。 八王子城は、標高445mの城山に築城され、東西約3km南北約2kmの広い範囲で山や谷の複雑な地形を利用して、要害地区(何段もの曲輪を配置)、居館地区(城山川沿いに館を構え曲輪で防備)などで構成された。
1590年(天正18年)7月天下統一を狙う豊臣秀吉の軍勢に加わった上杉景勝、前田利家らが率いる1万5千人の連合軍に攻められた。当時氏照以下家臣は小田原本城にいたため、残っていた城代、家臣と領内から動員された農民など3千人が立てこもって戦ったが落城した。 氏照以下本軍が残っていればもっと善戦できたであろう。
913年(延喜13年)この城の山頂に牛頭天王と8人の王子が現れたことから八王子城と名付けられた。城址入口から金子曲輪を通って本丸までの草木の茂る山道は霊気を感じさせる。